介助される体験

d0240514_14473154.jpgきのうは2週間前に初診の皮膚科に行ってきました。2週間たって、再検査の日です。
最初の日は、歩きにくくなってしまった掘りかえしだらけの道を えっちらおっちらと頑張って行きました。
診察は 『ただの湿疹です、でもほかも検査します』なんの検査???まあいいか。

きのうは次女が車を出してくれて、病院まで連れて行ってくれました。
電車に乗らなきゃ一山超えていくんです。

悪い病気じゃなかったよ。。。。。あ そうでしたか、有難う御座います、でも 先生 前より湿疹が大きくなっちゃいましたよ。  ええーー ドレドレ。d0240514_10544559.jpg   また皮膚を取って検査。  タムシデスネ。

タムシですって。こんなところにタムシが出来るとは。。。
ほらね!こうゆうところに できるんですよ。って症例を見せてくださいました。
んん?これはーーー 陰毛の中に出来たタムシ らしい。変な症例を見せられちゃいました。

毎日お風呂に入ってますか。ハイ 毎日はいってます。不潔にならないように。
たしかに 汗をかく場所です。湿気る場所です。皮膚がんは主に紫外線の当たる部分に出ます。
そうかなーーー。足の裏だって怖い皮膚がんが出来るじゃん。まあいいゃ。

そういえば昔ジイ様が陰毛の中が痒い痒いといって 医者に行ったことがあった。タムシ。か?
バスの運転手だったころね。それから個人タクシーと車商売。足は水虫、腰は椎間板ヘルニア。
運動なし。だんだん ハラが出っ張ってきて・・・・なにを書いてる・・・

産まれて始めての経験! 次女の腕にすがって歩いた。いつもこうして支えてくれる人が居たら、ドコでも出歩けるのに。そう思ってたよ 100%ね。でも 違った。
私の場合は バランスが取れないということ。脳の左右の感覚が正常じゃないから、体のバランスが正常じゃない。脳もそうだけど、耳の三半器官をやられてるから、ふらついて気持ちが悪い。

つかまるものが 確立してるもの、手摺とかね。掴まるものが自分と同じに移動する柔らかな人間だと、これは 不確かな状態がより増すということがわかった。

でも健常者がさしのべて呉れる愛の手を断ることはできない。ここまで考えることは無いだろうが 体験してみて、ただ 手をつないで 歩いてる介助者も いずれ体験しなければ わからないことだと思った。

帰りに買い物までつき合わせて、次女も介助しながら 疲れただろうと思った。

すあまを買いました 次女が笑いました。お母ちゃんの18番ね。
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このすあまに シナモンをいれれば 切り山椒になるのにね。その方がすきだよ。

ゆうべは 随分疲れちゃって7時に布団にはいりました。PCも開けず。
出る前に目一杯 布団を干したから ふかふかで気持ちがいい。ああああ 疲れた原因はこれかなーー。結局宣言してきたお風呂毎日は 中断。朝かとおもったら まだ10時でした。ふつうならまだ起きてる時間でした。でも もうPCもやらず じーーーと 寝てました。年取ったなーーー。今更の実感

by pn63nr | 2011-10-29 10:04 | Comments(6)  

Commented by あらいぶ at 2011-10-29 11:51 x
そうですか 疲れちゃったんですね(^O^)
皆勤賞の日記がUpされなかったんで シンドイんだなと思ってました

カラダに逆らわず 寝る・起きる・食べる 良いんではないでしょうか(^^)v
Commented by pn63nr at 2011-10-29 12:24
膵炎さん 有難う御座います。自分なりに世の中解釈して、暇無しに頑張ってみます。楽しんで。今朝はめざしを焼いて期限切れの豆腐をきっちり茹でて。きっちりゆでると豆の味が強くなって美味しいです。

今夜は地震の後に たくさん買いだめした麺類を食べます。
Commented by peko-nanamama at 2011-10-29 14:36
しっかりと楽しい文章でとてもお元気なおばあちゃまだと思っていました。やはりお年なりに色々とあるのですね。
私の母は53で脳梗塞で倒れ その後20年ほとんど寝たきりでした。母が亡くなる少し前に父が癌になり 姑も癌の末期でみんな同居していましたから私は一時はどっぷりと介護の日々だったんです。
色々としんどいことも多いでしょうけどこんなふうにパソコンを使えて 自分でごはんもこしらえることができてすごいことです。
幸せも数えてみると結構あるものですよね。
Commented by pn63nr at 2011-10-29 15:26
peko-nanamamaさん コメント有難うどざいます。あなたも大変な思いをなさったんですね。
私は介護したことがないんですよ。倒れたときは57歳 来年は20年目になります。
倒れたときにはまったく右半身は動きませんでした。それでも利き腕はあくまでも右。左手で右手を持って力を入れました。
だんだん 右手右足がうごきだしました。介護してくれる人がいなかったのが よかったんでしょうか。
おしりも拭けませんでしたが、ねっ転がって拭きました。やれば何でも出来ました。片麻痺のつらさ悔しさはいまでも同じですが 他人の足を借りて歩いてるようなものです。大事大事にされて、何でも手が足りる人は回復がままならないと思いましたが 大事大事にするのが普通ですから私の意見は人には言えませんでした。よその人はどこも悪く見えないといいます。ばりばり歩きますからね。バリバリ突進して歩かないとふら~~と体が流れちゃうからです、早足で歩くと歩けます。
人に教えても逆じゃないの?ッていわれます。
私がやりたいことを黙ってやらせてくれるジイ様や子ども達。
有り難いことです。フフフ ジイ様に有り難いといえばいいのにね。
Commented by ゆき at 2011-10-31 08:54 x
悪い病気ではなくて、本当によかったですね。
おもいがけない病気があるものです。

これまで介助の経験がありません。
自分がされる側にならなければわからない、いろんなことがあるんだろうと思います。
する側される側、お互いに相手に対する心遣いが必要なんですね。

すあま、おいしそう^^
食べるたびに、子供のころ、運動会で紅白のすあまをもらったうれしさがよみがえります。
Commented by pn63nr at 2011-10-31 10:16
ゆきさん おかげさまでビックリするような病気じゃなくてよかったですよ。最初に菌は無いと言ってた顕微鏡。今度はタムシ” これだから 最後まで気を許せないということですね。
これからの高齢化世代真っ盛り。今 厚労省の頭脳で切り回してる世代が 次の若者の世代になったとき今の行政官たちは もっと深い高齢化の落とし穴に落とされても、素因が自分達が作った制度だときがつかないでしょうね。
すあまは昔より 柔らかくて ものたちませんね。
昔はしっかりと歯ごたえがありましたね
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